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2011年04月01日 (金) | Edit |
さて、後輩君がテレビを付けていたのは覚えているけど
それが、消されたのは後から確認したら1時過ぎだったらしく。
後輩君が、私の横で寝ていたのか何していたのか確認出来ないくらい
陣痛と戦っていたのですが・・・。

もう、この頃は陣痛<眠いって感じで。
本当は、頑張って痛くてもベッドから動いてイスの上やらで
陣痛を促進する為に頑張るべきだったんだろうけど。
私の体力も限界で、もう痛いし眠いし早く終わらないかなーと。
徐々に赤ちゃんも下に来てるのか、痛い部分が腰→尾てい骨付近へ。

何時になったか、メガネをはずしていたので分からないですが

「子宮口が全開になりましたよ」

と言われたので、後輩君が私の両親へ連絡。
後から聞いたけど、それが朝の5時くらいだったらしい。

そこから、踏ん張りたくていきみたいのを深呼吸で逃がすとやってたのに
今度は、深呼吸で逃していたいきみを集中して踏ん張らないとダメで。
さっきまで、ダメって言ってた事だからうまく出来ない。
助産師さんのアドバイス通りにやってはいたんだけど。

・・・。

先生がやって来て、

「お母さんの体力も限界だろうし、陣痛も弱いので促進剤使っていいですか?」

と。もう、早く終わるならなんでもどうぞと。
で、促進剤使ったんだけど、どんどん時間は経過していき。
結局、頭が引っかかって来て出てこないので
最後に吸引する事になりました。
吸引は小児科の先生も必要になるという事。

それまでの間、また助産師さんの指示通りいきんでいたら
産婦人科の先生が、もう一人登場。
産婦人科の先生二人で、最後分娩を頑張ってみようという事で
一人の先生が私のお腹の上に乗っかる状態で

「ギューー!!」

っと押したら、引っかかっていた頭が出て来たらしく。

「吸引いらないかも!!もう一回頑張って!」

と言われ、もう一回頑張ると赤ちゃんが出て来た感触が。
この時点で、小児科の先生は来ていたんだけど吸引せずに終了。

「産まれましたよ!」

って言われたんだけど、メガネが無いので

「メガネが無いので見えません」

と意外と冷静に答えたのでした。
出産の感動とかじゃなくて、やっと終わった・・・。長い戦いが。
後輩君は

「頑張ったね!!偉いよ!!頑張ったね!!」

と言ってから、私の両親へ産まれた事を伝えに。
この後、胎盤出すっぽい感じだったので見せられたらイヤだなと思って

「あ!胎盤私は見なくて良いです」

ってこりゃまた冷静に発言したのでした。
後輩君は胎盤をかき出してドバーーっと出てくるのずっと見ていたよ。
すげえなあ。

赤ちゃんは羊水を結構飲んだらしく、泣き声と羊水を吸い出してる音が聞こえ。

「大丈夫だよ。無事だよ。」

って後輩君に言われつつ、フラフラの出産が終わったのでした。
結局、時計を見ていなかったけど、この時朝の8時半くらい。
私の出産時間は22時間超えというハードなものでした。
もちろん、会陰は切開されてるし、裂けたらしいし、脱肛はしてるし。
出血量も1550mlだったかという大量出血で、危うく輸血になりそうで。

という訳で、私の壮絶な出産は終わったのでした。

でも、本当に立ち合い出産が出来て良かった!!
後輩君も、文句一つ言わずに頑張る私に感動したらしいし、
私は、頑張って長い時間筋肉痛になりそうになりつつ
腰をさすって励ましてくれた後輩君に本当に感謝。

私の両親も、後輩君が立ち合ってくれたので本当に良かった!と。

IMG_0256.jpg

産まれてすぐの赤ちゃん。
ビデオとデジカメがあったから

「さ・・・撮影出来たらして!」

ってすぐに言ったらOKしてくれて撮影出来たのだ。

この後、私は大量出血の為にベッドから起き上がり禁止で。
おしっこの管を付けられ、両腕に点滴。
12時に昼ご飯は後輩君に食べさせてもらったのでした。

ここで、ちょうど後輩君の両親も来て産まれたての赤ちゃんを見れて。
そして、後輩君は大阪へ帰る為に両親と帰ったのでした。
本当に、ちょうどタイミングよく破水して出産出来て良かった。
1日遅かったら、立ち合いの途中で帰らないとダメだったから。

という訳で、今後は赤ちゃんの話は「育児」カテゴリへ。
後、赤ちゃんの写真載せるのに、このショボブログでも誰でも見れるし
ちょっとなーっと思ってパスワード制にして写真を載せようかと。
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2011年03月30日 (水) | Edit |
私の予定日は3月17日でしたが、予定日を過ぎても産まれる気配も無く。
そうこうしている間に後輩君が三連休を利用して旭川へやって来ました。
後輩君は、両親と一緒に家に来たんだけど(両親は用事が別にあって)
まだ、私は何も予兆も無かったので、大きくなったお腹を見せたり。

「もう、産まれてる予定だったんですけどねー」

なんてのんきに話したりしてました。
んで、この日は夜はいつもの焼き肉を食べ(最後だから!とアピールした)
さすがに疲れた後輩君は私より先に寝てしまい・・・。
私はこの日もやっぱり股関節がすごく痛くて。
いつもはベットで寝てるんだけど、この日は後輩君と布団並べてたので
トイレに行くのに起き上がるのも辛くて。
明日は、ベットで寝させてもらおうかな・・・と思っていた寝ていて。
この時、なんだかおりものが多くて。
もしかして破水??と思いつつ、でもそこまで多く無いんだなーと。
まだ、続くようだったら明日病院に確認しようかなと思い
布団に戻って寝返りをした途端「ドロリーン」という感触が。
パーン!と破水したんじゃなくて、若干破水した感じ。
でも、これはまずい!と思って後輩君に

「破水したの!!」

と横になったまま伝えると、後輩君が飛び起きて下の両親へ伝えに。
私は破水したから動くのどうしよう?と思っていたら
下から両親が上がって来る音が聞こえたので

「イイから!!先に病院に破水したって電話して!」

と言って、お母さんは電話。お父さんはまとめてあった荷物を車へ。
後輩君は2階に来て、後輩君と一緒に階段を降りたら

「電話で、本人と代わって下さいって」

とお母さんに言われたので、電話に代わると

「出血はありますか??」

と聞かれたのですが、分からず。
(お父さんも横にいて自分で見るにも結構パニっくで)
とりあえず、お母さんにズボン降ろすから見てもらったら

「出血無いよ!」

って言うから無いですって言ったけど、
後で病院で自分で見たら破水にもちろん出血混ざってて
はぁぁぁって思ったのでした。

とりあえず、車に乗ろうとするとお母さんなかなか来ない。
え?と思ってみると「眉毛を!」って眉毛だけ必死に書いてるし。
ちなみに、この時時計を見ると朝の9時半くらいでした。
私、後輩君は朝寝坊したからパジャマ&朝食抜き。
私は、ブーツ履くのも面倒でお母さんの玄関履きを履いて病院へ。

パジャマ&サンダルのまま休日だったので病棟へ。
パジャマを脱いで検診を受けると、やはり一部が破水してるとの事。
この時点で陣痛は来ていなかったのでテクテク歩いて病室へ。
私はLDRルーム希望だったので、ちょうど空いていたので入れました。
LDRルーム空いていて本当に良かった。
私に陣痛が来なくてまだ余裕だった時に、後輩君仕事してたり
私の両親ものんびりくつろいだり出来たし。
そうじゃなかったら、陣痛室と言って3人大部屋みたいな部屋しか無くて。
ってか、あそこで知らない人とかぶったら声とか本当に出せないと思う。

昼ご飯私の分は出たのでもぐもぐ食べたり。
でも、なかなか陣痛が来ないなあーって感じでかなり余裕。

後輩君も一度家に戻って、自分の洗面道具持って来たり。
結局なんだかんだで、夕飯くらいまでは陣痛も弱くて余裕でした。

夕飯くらいから、だんだん痛みが強くなってきたりして。
感覚が5~6分くらいかな?
でも、休み休みご飯食べれるし、
実家の両親が持ってきたカレーを食べる後輩君を笑ったり。
うちのお父さんが「ヒマだ」って言ってテレビ見てて本当に邪魔だったり。

一応、陣痛は来るので痛がる私の足をお母さんが、
腰を後輩君がさすってくれるのに、
お父さんだけ、なんかすっげーくだらない事言ってて

「いいから・・・もう帰って。うるさいから」

ってイライラした記憶があります。
前に手術で、人工呼吸器付けてるのにお父さんがくだらない事言って
すごく、私をイライラさせた事をこの時思い出した。

その内、痛みが本当に強くなってきて・・・。
私の両親は結局、20時過ぎには実家に一度戻る事に。
子宮口が全開になったら、後輩君が連絡するということに。
この時点では、大体22時過ぎには開くかな?って話だったのです。

で、陣痛が結構本格的に進みだし。
痛みのせいなのか、吐いたり。
トイレに行くとふんばる体勢になるからなのか痛みが増したり。
陣痛はお腹というより、とにかく腰が痛くなります。
なので、陣痛が来たら後輩君に腰をさすってもらうというのを繰り返し。
そうこうしてる間に多分0時を過ぎ・・・。
陣痛はあるんだけど、なかなか子宮口が開かず。
私の体力も衰えて来て陣痛の間隔が長くなって来たり。

もう、この頃はトイレに行くのも面倒で行って無い気が。
とにかく、早く終わらないだろうか?と思っていたです。
後輩君も、私が痛がると腰を一生懸命さすってくれました。
2011年03月26日 (土) | Edit |
3月21日、無事に女の子を出産しました。
2816g、49cmです。

まさか!の後輩君の立会い出産に本当になりました。
22時間を超えた分娩時間、1550mlの出血で壮絶でした。
危うく輸血になる所だったくらい。

壮絶な出産だったけど、後輩君が立ち会ってくれて本当に感謝。
後輩君も、文句も何も言わずただ頑張る私に感動したらしいです。
助産師さんにも、そんな長丁場の出産なのに全くナースコールも押さず
一生懸命頑張ってる二人にナースステーションでも驚いた!と言われました。

出産が、とにかく大変だったのですが、総合病院で産むことにして良かったわ。
途中で、私は切迫早産の危険性もあったので尚更。
ご飯は美味しく無いんだけどね。サービスも大した事無いし。

また、その内詳しく書きたいと思います。
まだ、病院で退院してないので。
2011年03月18日 (金) | Edit |
ま!まさか、予定日過ぎるなんて思わなかった。
うっかり、2月には産まれるんじゃ?とドキドキしてたんだけど。



という訳で、今日が最後の妊婦検診でした。
ベビの大きさは3010gくらいなんだけど、
先生が「いやあ、もっとあると思うんだよなあ」とずっと呟いてました。

病院の方針で、予定日過ぎたら大体1週間以内に
誘発入院するという事なので、私は三連休明けに入院に。
そこで、陣痛促進剤を使って分娩という事になります。

三連休は後輩君が大阪からやって来るんだけど、
まさか、産まれてないとは思わなかったわあー。
むしろ、産んで病院退院してるとばっかり思ってた。
それよりも、本当に立会い出産とかになっちゃうのかしら?
一応、立会いは説明とか受けないとダメなんだけど、
必死に頑張れるんだったら良いですよ!と言われてるので

「私のしもべとなり、頑張る気があるなら立ち会え!」

と、今から後輩君に言っています。
それよりも、最悪なのは後輩君帰る日とかに陣痛来たらだなあ。
痛いけど、さ・・・さようなら~みたいな状態はさすがにイヤだな。

助産師さんいわく
「赤ちゃんは結構空気読めるから旦那さんに会うまで待ってるんですかねえ」
って言われたんだけど。
赤ちゃんがってより、私の頭の中でここまで来たら立ち会えよ!
みたいな考えがあるのかしら??
恥ずかしくてあんまり呼びかけとかしてないんだけど、
ここ数日は「出てきて良いんだよー」と心の中でつぶやいています。

ここに来て急に股関節が痛くて痛くて。
歩きだしの一歩が特に痛い。
股関節外れちゃう??って思うくらい痛い。
あまりにも急に痛いから、病院に電話したんだけど陣痛とは関係無いらしい。
もうね、パンツとか履くのに足上げるのも辛いの。
でもね、トイレは行けるし、痛くて寝れないほどでも無い。
おまけに、痛み止めも弱いのしか飲めないのでどうしようも無いらしい。
一応、今日の検診で骨盤をしめたら痛くないかも?とやってみたけど
別に痛みが治まる訳じゃなかった。
あうー!産んだら痛みが無くなるのかしら?と思ったけど
産んだら産んだで股関節痛い人もいるらしいし。イヤだなあ。

*私は地震も停電も全く無い地域にいて良かったと思う。
いつ産まれてもおかしくない今の状況だと特に。
両親も「良かったなー」と言ってる。
離れて暮らす、後輩君も無事だし本当に良かった。
ということで、今私が出来る事は募金くらいなんだけど。
募金してきちんとそのお金が被災地に行くんだろうか?とか思ってしまう。
きちんとした所に募金したいなーって思うんだよねえ。
ひねくれ者の考えなのかしら。。
とりあえず、今日病院行った時にコンビニで募金はしてみたよ。
2011年03月11日 (金) | Edit |


なんだかんだで39週を突破しました!
そして、ベビの体重は2900gを超えたそうです。
先週「来週の検診は無いかもねー」って言われたけど普通にあったわ。
子宮口は3~4cmくらいの開きらしく、柔らかいしイイ開きらしい。
頭もだいぶ下がってるので「本当にいつ陣痛来てもいいんだけどねー」と。
一応、来週の検診が最後だそうです。
17日が予定日なので、そこで陣痛が来なければ三連休明けに入院になり
陣痛促進剤を使う事になるそうです。
三連休は後輩君が大阪からやって来るんだけど、どうなるかなあ。
お腹の大きな私に会うか?ベビに会えるか?
うっかり、立ち合いになるか??さてどれになるのかは分からない。

IMG_1528.jpg

ついでの写真。
イトコからもらったチャイルドシートの使い方が分からず。
「ベルトにどうやって子供付けるんだ?」って四苦八苦。
何か乗せれる物無いか??とパグのぬいぐるみを設置。
さすがにリッキーは無理だもの。
ちょっと、可愛いと思ったのかお父さんが激写してました。

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