2011年03月30日 (水) | Edit |
私の予定日は3月17日でしたが、予定日を過ぎても産まれる気配も無く。
そうこうしている間に後輩君が三連休を利用して旭川へやって来ました。
後輩君は、両親と一緒に家に来たんだけど(両親は用事が別にあって)
まだ、私は何も予兆も無かったので、大きくなったお腹を見せたり。

「もう、産まれてる予定だったんですけどねー」

なんてのんきに話したりしてました。
んで、この日は夜はいつもの焼き肉を食べ(最後だから!とアピールした)
さすがに疲れた後輩君は私より先に寝てしまい・・・。
私はこの日もやっぱり股関節がすごく痛くて。
いつもはベットで寝てるんだけど、この日は後輩君と布団並べてたので
トイレに行くのに起き上がるのも辛くて。
明日は、ベットで寝させてもらおうかな・・・と思っていた寝ていて。
この時、なんだかおりものが多くて。
もしかして破水??と思いつつ、でもそこまで多く無いんだなーと。
まだ、続くようだったら明日病院に確認しようかなと思い
布団に戻って寝返りをした途端「ドロリーン」という感触が。
パーン!と破水したんじゃなくて、若干破水した感じ。
でも、これはまずい!と思って後輩君に

「破水したの!!」

と横になったまま伝えると、後輩君が飛び起きて下の両親へ伝えに。
私は破水したから動くのどうしよう?と思っていたら
下から両親が上がって来る音が聞こえたので

「イイから!!先に病院に破水したって電話して!」

と言って、お母さんは電話。お父さんはまとめてあった荷物を車へ。
後輩君は2階に来て、後輩君と一緒に階段を降りたら

「電話で、本人と代わって下さいって」

とお母さんに言われたので、電話に代わると

「出血はありますか??」

と聞かれたのですが、分からず。
(お父さんも横にいて自分で見るにも結構パニっくで)
とりあえず、お母さんにズボン降ろすから見てもらったら

「出血無いよ!」

って言うから無いですって言ったけど、
後で病院で自分で見たら破水にもちろん出血混ざってて
はぁぁぁって思ったのでした。

とりあえず、車に乗ろうとするとお母さんなかなか来ない。
え?と思ってみると「眉毛を!」って眉毛だけ必死に書いてるし。
ちなみに、この時時計を見ると朝の9時半くらいでした。
私、後輩君は朝寝坊したからパジャマ&朝食抜き。
私は、ブーツ履くのも面倒でお母さんの玄関履きを履いて病院へ。

パジャマ&サンダルのまま休日だったので病棟へ。
パジャマを脱いで検診を受けると、やはり一部が破水してるとの事。
この時点で陣痛は来ていなかったのでテクテク歩いて病室へ。
私はLDRルーム希望だったので、ちょうど空いていたので入れました。
LDRルーム空いていて本当に良かった。
私に陣痛が来なくてまだ余裕だった時に、後輩君仕事してたり
私の両親ものんびりくつろいだり出来たし。
そうじゃなかったら、陣痛室と言って3人大部屋みたいな部屋しか無くて。
ってか、あそこで知らない人とかぶったら声とか本当に出せないと思う。

昼ご飯私の分は出たのでもぐもぐ食べたり。
でも、なかなか陣痛が来ないなあーって感じでかなり余裕。

後輩君も一度家に戻って、自分の洗面道具持って来たり。
結局なんだかんだで、夕飯くらいまでは陣痛も弱くて余裕でした。

夕飯くらいから、だんだん痛みが強くなってきたりして。
感覚が5~6分くらいかな?
でも、休み休みご飯食べれるし、
実家の両親が持ってきたカレーを食べる後輩君を笑ったり。
うちのお父さんが「ヒマだ」って言ってテレビ見てて本当に邪魔だったり。

一応、陣痛は来るので痛がる私の足をお母さんが、
腰を後輩君がさすってくれるのに、
お父さんだけ、なんかすっげーくだらない事言ってて

「いいから・・・もう帰って。うるさいから」

ってイライラした記憶があります。
前に手術で、人工呼吸器付けてるのにお父さんがくだらない事言って
すごく、私をイライラさせた事をこの時思い出した。

その内、痛みが本当に強くなってきて・・・。
私の両親は結局、20時過ぎには実家に一度戻る事に。
子宮口が全開になったら、後輩君が連絡するということに。
この時点では、大体22時過ぎには開くかな?って話だったのです。

で、陣痛が結構本格的に進みだし。
痛みのせいなのか、吐いたり。
トイレに行くとふんばる体勢になるからなのか痛みが増したり。
陣痛はお腹というより、とにかく腰が痛くなります。
なので、陣痛が来たら後輩君に腰をさすってもらうというのを繰り返し。
そうこうしてる間に多分0時を過ぎ・・・。
陣痛はあるんだけど、なかなか子宮口が開かず。
私の体力も衰えて来て陣痛の間隔が長くなって来たり。

もう、この頃はトイレに行くのも面倒で行って無い気が。
とにかく、早く終わらないだろうか?と思っていたです。
後輩君も、私が痛がると腰を一生懸命さすってくれました。